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あなたは人生の最期をどこで迎えたいと思いますか?という質問をされたらどう答えるでしょうか。住み慣れた自宅や実家などと、答える人が多いのではないでしょうか。そして、残された時間をどのように生きるのか、家族としての役割を果たすとはどういう事なのか、いろいろ考えると思います。

実際に、自宅が好きで、家族が好きで、在宅での看取りを選択された方で、とても感慨深く、関わりを持つことができてよかったと思えたエピソードをお伝えしたいと思います。

◆病院嫌いで夫婦2人ひっそりと

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80歳代二人暮らし夫婦のエピソードからお話します。お二人は、近所付き合いは最小限に、ひっそりと暮らしていました。息子のDVから逃れていたためです。ご主人が肺がんを患い、認知症を発症し徘徊するようになったものの、病院嫌いがあるため治療はせずに経過観察をされていました。食事が摂れなくなり、寝たきりとなったので、ケアマネジャーから訪問看護の依頼があり訪問看護師として介入しました。

ご主人の意向は確認できませんが、表情やうなずき・単語などで苦痛はあまり感じておらず、奥様は「徘徊が無いから看るのは大変ではないが、このままではすぐに1人取り残されてしまう」と話されました。訪問診療医と相談し、できるだけ状態の維持を図り、奥様が後悔を残さず見送ることが出来ることを目標にしました。治療は最小限の輸液と、在宅ではあまり使用しないのですが血圧低下のためドパミン製剤を使用、発熱時は抗生物質の指示がありました。

輸液開始当初は、輸液交換の忘れや点滴漏れなどで夜中や朝方にオンコールが頻回でしたが、徐々に慣れ、訪問時間前に奥様が清拭・更衣などを上手に行い点滴挿入部位のみ看護師が行うよう残してありました。

飛んだり跳ねたりするような動き方をする奥様で元気いっぱいですが、1人で介護している為、訪問時は休んで頂き、血圧が低いことなど状態を伝え、尿量の低下や下顎呼吸などこれから起こり得ることをその都度説明しました。また、家族で連絡を取れそうな人が居ないか、考えてもらいました。

1か月くらいの期間があったので、奥様は介護した満足感があり、気持ちの準備ができ、ご主人は僅かな期間でも生きていたことで夫としての役割を果たし、奥様に見守られながら静かに息を引き取られました。現在奥様は自身の弟様と連絡を取り支えられているため、1人取り残される不安からは解消され、元気に過ごされています。

◆とにかく大事な人・80歳代の夫婦愛

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次にお話するのは、髄膜腫のため経過の長い方であり、誤嚥性肺炎で入退院を繰り返され、その間、ほかの訪問看護ステーションが介入されていたのですが、トラブルがあったため奥様から変更の希望にて依頼された方です。

私が訪問看護師として介入した時点で、ご主人は四肢体幹の強直があり会話は不能、わずかに表情の変化がありました。奥様がペースト食を作りなんとか経口から食事を摂取されていましたが、嚥下力低下のため誤嚥性肺炎にて入院となりました。奥様は胃瘻の造設は拒否であり、苦渋の決断でIVHポートを挿入し高カロリー輸液が開始され、在宅に戻られました。

奥様の気持ちは、「主人はとても優しい人で、嫁に来てからずっと大事にしてくれた。この家がとても好きで、誰にでも優しく我慢強く働き者。孫は社会人となっており、たまの休みに会いに来てくれることを楽しみにしていた。訪問看護への希望はちゃんと看てくれること、ちゃんと対応してくれることです。」という事でした。

肺ケアを中心に関わり、しばらくは安定されていましたが、経口は中止であるにも関わらず、内緒でヨーグルトなどを口に入れている形跡があるため、それとなく話すと痰が減少、それでも発熱が見られたときは、在宅で抗生物質の点滴指示がありました。

肺炎・左目奥の髄膜腫から眼球突出の増大・眼球からの出血・痙攣発作・血圧低下・SPO₂の低下などの状態を繰り返し、医師からの輸液指示の変更も多かったので、その都度状態や医師への報告内容や指示の説明を行い、出血に対して圧迫止血の方法を指導するなど、長時間の訪問になることもありました。

奥様は褥瘡をとても心配されていたため、清拭時に小さい発赤が有ればクッションを当てる位置の変更を指導し、奥様の気持ちも聞くようにしました。

この様な関わりの中で、「家が好きな人だから、死ぬまで家で看る。目から血が出たら押さえるのを看護師さんから教わったから、何時間でも押さえている。看護師さん、嫌にならないで来てもらいたい。」と奥様より言われた時に、奥様の気持ちはしっかり決まっており、大事な人で最期を家で迎えさせたい、と言う強い気持ちが伝わり、私たちもとにかくサポートしたいと思いました。最期は奥様がオムツ交換をした後、息を引き取られました。

◆残して逝く娘・残される両親

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次は、若い方が病気の場合、本人と家族における病期への理解に差がある典型的なエピソードをお話します。

ご両親が訪問診療医のクリニックに受診し、訪問看護の希望をされ、介入となりました。子宮体癌で化学療法・放射線療法・免疫療法・民間療法など、良いと言われる病院を求めて遠いところまで治療に行かれましたが副作用が強く、あらゆるところに転移が認められ、独身の40歳という若さで余命幾ばくもない状態でした。上半身は羸痩、下半身は浮腫著明、両親に支えられやっとトイレに行く状態、布団で壁にもたれほぼ座位で休む生活のため、介護保険の必要性を両親に説明し、ケアマネジャーに介入してもらいました。

本人は治療のたびに病状の説明を受けている為、状態について理解されており、両親の元に戻り、動けなくなったら訪問看護を利用したいと決めていたそうです。麻薬は開始されていましたが、骨転移による痛みがコントロールしきれず、レスキュー薬の使い方もあまり理解されていなかったため、毎日訪問し痛みの評価とレスキュー薬の指導をし、できるだけ苦痛の緩和に努めました。

そして本人の1番の苦痛は、「トイレに行くことで体の小さな両親に負担をかけ、2人の体が壊れてしまう」という心配でした。体位変換やヒップアップができないためオムツ交換も難しい状況でした。幾つかの選択肢を説明し、本人が選んだのはバルンカテーテルでした。母親は反対でしたが、本人が涙を浮かべるほどの心の痛みをひとつでも解消できる方がいいのではないかと説明したところ納得されました。

数日で左下肢が麻痺したため疼痛は穏やかになり、ファーラー位がとれるようになっていきました。しかし、病状の進行は早く腹水・肝腫大・黄染・呼吸苦・右半身脱力など次々に症状を現しました。父親に対して、自分が居なくなったら連絡してほしい人や、お礼をしてほしい人などの連絡先を伝えていたそうです。

両親は転移している部位が何処なのか説明を受けていましたが、それがどれほど重篤な状態なのか理解されておらず、母親は何となく感じ取っていたようにも思えましたが、父親は「ベッドが入ったから動けなくなったのではないか」と言い出す状況でした。看護師から看ても命が週単位から日単位になりつつある状況のため両親の気持ちが病状に追いつかないまま亡くなってしまうと思い、訪問診療医に相談しクリニックで病状の説明をして頂きました。その日父親は、パソコンを使い説明された内容をまとめ、臓器を調べられていました。

本人が意識朦朧とされてからは、会話が殆どできない為、両親とも足をマッサージしたり、子供のころに歌った歌を聞かせたり、旅行に行った時の思い出話を聞かせたと父親から教えていただきました。数日間両親はともに過ごす時間を大事にされたのだと感じました。

呼吸停止の連絡があり訪問すると、叔母さんや従姉さんが来られており、家族に囲まれた中で息を引き取られました。エンゼルケアを行い、お祭りに出かけるみたいにかわいい浴衣と帯を締め、化粧は従姉さんにお願いしました。「この子は化粧にこだわるのよね、上手く来るかな、これどう使うのかしら」などと明るく家族に囲まれていました。若い方が亡くなられると痛ましいくらい声をかけにくいものですが、明るくエンゼルケアが出来たことはとても驚きでした。

1カ月足らずの関わりでしたが、娘は残された時間をできるだけ負担をかけずに家族と過ごすことを選択、何かするたび「ありがとう」と声をかけ、両親はどうにか残された時間を理解し大事に過ごされたことで穏やかに見送ることが出来たのだと思いました。後日グリーフケアで訪問した時に遺影を拝見し、とてもかわいい美人さんで父親は自慢の娘でしたと話されました。

◆わが人生に悔い無し

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最後に、私が看護師として接してきた方の中で、一番思い出深い方のエピソードをお話します。

戦争を体験され最前線に出陣される直前に引き上げ命令にて生き延び、故郷に戻ってからはいろいろな事業をされて成功を収め、家族に恵まれた人生を送りました。70歳代で胃癌の手術をされた時はICUで40日過ごし死の淵から生還。多彩な趣味を持ち才能を発揮され、90歳で認知症の妻を見送り、91歳で膵臓癌から胆嚢炎を併発し経皮的胆管ドレナージを施行され、余命半年の宣告をされました。92歳で亡くなるまでの半年間の関わりでした。

半年の余命宣告を受けているにも関わらず、とても前向きで「まだやりたいことがある」と話され、事業を進め、趣味においても勢力的に行動されていました。病気についても注意することや食事についての質問をされ、しっかり向き合われていました。胆嚢炎の繰り返しが有り食事が思うように摂れない為、IVHポートから高カロリー輸液が開始されると輸液交換は自分で覚えられ、そのまま外出もされました。

「もっと生きられる気がする」と話されて居たのですが、胆嚢炎が頻発するようになると急激に体力が落ち、高熱により寝たきりになると「つらいのは嫌だ、もういいや」と言い1週間で人生の幕を閉じました。しかも家族や医師・看護師の都合を考えたように、最良の時間に息を引き取りました。娘様には前もって亡くなったときに着せたいものがあれば準備をしておいてほしいと説明していたので、準備されていた燕尾服を着ていただきました。

病気と向き合い、常に前向きであり、自分の人生を生き抜いた人の1ページに関われたことに感謝であり、尊敬し、私が病気になったときこれだけ前向きに生きられるだろうかと考えることも多々ありました。この方のことを振り返ると、「わが人生に悔いなし」という言葉が一番似合う人だと思いました。

◆それぞれの人生、それぞれの物語

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一人ひとりの人生があり、それぞれの物語があり、その最期のページに関わることが出来る仕事が他にあるでしょうか。もちろん多職種の連携は大事ですが、一番密に関わるのが訪問看護師です。状態の変化やオンコールなど大変なことも有りますが、そこはチーム全体で協力すればいいのです。 それぞれの想いに触れるたびに、在宅ならではの感動・尊敬・驚きがあり、私自身も考えさせられることがたくさんあり、訪問看護師になって良かったと思っています。

 

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